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オードリー・ヘップバーンを訪ねる

  • 執筆者の写真: Shige
    Shige
  • 2020年9月17日
  • 読了時間: 4分


「銀幕の妖精」と呼ばれた映画女優、オードリー・ヘップバーンがスイス、

ヴォー州の Tolochenez 村で晩年を過ごしたことは良く知られています。


高校生だった数十年前、テレビの名画劇場で「ローマの休日」を観て以来、可憐なヘップバーンにすっかり魅せられた私は、それ以来彼女の出演作品をむさぼるように観まくりました。1993年、訃報に接した時には本当に衝撃でした。当時日本の高校に勤務していましたが、国語の授業を1時間つぶして「オードリー・ヘップバーンを偲んで」と題する授業を行ってしまいました。そんな私ですので、彼女が永眠する場所から1時間ほどの場所に居を構えていることは、大変幸せなのです。


さて、オードリーは1993年の「永遠の休日」を迎えるまでの30年間、スイスのレマン湖畔から徒歩15分ほど、スイス国鉄 Morge 駅からバスで10分弱の場所で暮らしていました。オードリーの暮らしの跡は、今でも遺されていますので訪れるファンはその片鱗に触れることができます。



没後25年を迎えた命日の1月20日、彼女が眠る墓碑に花を手向けに行ってきました。墓碑にはすでに多くの花が供えられており、この世を去って四半世紀を経てなお、人々に愛され続けていることを示しているように思います。














墓地から徒歩数分の場所には、彼女の終の住処となった建物も遺されています。

今は一般の住居となっているため、敷地内には立ち入れませんが、外観を眺めただけでも、オードリーの佇まいがそこここに感じられる建物です。

オードリーが名付けたという建物の名前は La Paisible ラ・ペジブル。

「平和に満ちた」との意味を持つ邸宅の名前。ここに暮らしたオードリーの晩年の思いが伺われます。


オードリーはこの邸宅で多くの時間をガーデニングを楽しんで過ごしたと伝えられています。映像作品としての彼女の遺作は「オードリー・ヘプバーンの庭園紀行 Gardens of the World with Audrey Hepburn」この場所で植物を愛でる暮らしを続けていたオードリーの、晩年の平和に満ちた様子をみることができる貴重な映像です。

ファシズムズムの時代に翻弄され飢餓と恐怖に苛まれた幼少期。

映画の世界で成功してからも、2度の離婚を経験し、ハリウッド女優としての多忙な生活。そんな日々に彼女は傷つき疲れ果てていたに違いありません。前半生を振り切るように華やかなハリウッドの生活を捨て、後半生を過ごす場所として選んだのがこのスイスの小さな村。心と体を癒す場所を真に求めての選択だったのかも知れません。


「1963年から1993年までオードリー・ヘップバーンがここに居住していた」との表示がありました。


La Paisible から徒歩3分の場所に「オードリー・ヘップバーン広場」があります。



2012年に整備された広場は、村役場の隣、ひっそりとした佇まいです。落ち着いた雰囲気に心休まる場所です。








日本語も併記された無料パンフレットには、周辺のオードリーゆかりの場所をが紹介されていました。








広場にはオードリーの胸像も鎮座されています。

周辺はまさにPaisable=平和に満ちた、そんな様子です。


「私は自宅の庭で多くの時間を過ごしています。 いつも空を見て、花の世話ができる天気かどうか気にして生活しています。 住まいが湖の近くのため、夏には庭がひどい嵐に襲われることもあります。嵐の翌日には、庭の植物たちが倒れそうになっていることがあり、そんな時には、彼らを支えてあげます。すると植物は元気を取り戻してくれます。少しの手助けだけで生き返る、そんな植物に彼らの生命力を見出すのです。」



広場のすぐ横にはバス停があります。

バス停の名前はズバリ「Audrey Hepburn」

オードリーは Tolochenaz トロシュナ村の誇りなのですね。




国鉄 Morge 駅発、702 番線、オレンジ色のラインが Audrey Hepburn へ行くバスです。


平日なら1時間に4〜5本、土日休日は1時間に2本ほどが走っています。







廃校となった小学校の建物は、再利用されてオードリー・ヘップバーン・パビリオンとして公開されていたこともありましたが、今は閉鎖されています。

しかし、地図のサイトでは今なお

「Pavilion Audrey Hepburn」と表記されていますので、要注意です。



パビリオンの名残からか、建物の中にはオードリーのポスターが何枚か貼ってありました。




















オードリーの葬儀が行われた村の教会。

村の住人1600人と家族、アラン・ドロンやロジャー・ムーアらの大物俳優たちに見送られた厳粛な葬儀だったと伝えられています。









亡くなって25年が経過した今も輝きを失わないオードリー・ヘップバーンの魅力。

Tolochenaz トロシュナ村は、そんな彼女の生き様に触れられる世界でも数少ない場所です。

オードリーのファンならずとも、ぜひ一度お出かけください。


私が感じるオードリーの魅力について、機会があればどこかでさらに語りたいと思います!

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About Me

スイスのフランス語圏(Suisse Romand)の中で最大面積を誇るヴォー州(Canton Vaud)。その東部に位置する、人口3000の小さな村、レザン(Leysin)に日本から移住して18年の Shige が 、現地在住だからこそ知り得る情報を発信します。

 

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